羽津の昔「子どもの遊び」

1.いろいろな遊び

(3)歌をうたいながら
   中の中の小仏
   坊さん坊さんどこいくの
   竹の子ぬき
   子をとろ子とろ
   子買お子買お
   じょりとり
   通りゃんせ
   たつぼどん<
   雀のよりあい
   せっせっせ
   はちがさいた
 
音声コントローラが表示されているものについては、音声データを聴くことができます。
ここに収録した音声データは、昭和63年から平成元年にかけて、三重県教育委員会が実施した民謡緊急調査で収録されたものです。平成24年度の「羽津学」で、民謡緊急調査の際に実際に収録に当たられた久志本まどかさんから、その一部が紹介されました。その際、久志本さんに音声データ使用のお願い致しましたところ、三重県教育委員会の許可を取った上で、音声データを提供していただきましたので、ここに掲載し公開しています。

歌を歌っておられるのは、次の方々です。
   須藤 千代  (羽津山町)  1910年(明治43年)生まれ
   森 田鶴子  (城山町)  1913年(大正2年)生まれ
   森 とみゑ  (城山町)  1913年(大正2年)生まれ
   大森 みつゑ  (羽津町)  1914年(大正3年)生まれ

中の中の小仏

「かごめかごめ」と同じやり方の遊びであるが、歌の文句はまるきり違ったものであった。

10人くらいが集まったら、ジャンケンをして鬼を決める。鬼は、他の者が手をつなぎあって作った輪の中に入ってしゃがみこみ、両手で目を隠す。輪になった者たちは、手をつないだまま鬼のまわりを廻るのであるが、この時、次のような歌をうたった。

   中の中の小佛  なんで背が低っくいの

   親の日にトト食って そーれで背が低っくいの

   うしろの正面だあーれ

   歌 : 須藤 千代、大森 みつゑ、森 田鶴子、森 とみゑ

「うしろの正面だあーれ」で、まわりの者たちは、一斉にその場にしゃがみこむ。そして、鬼は自分の真後にいる者の名前を言い当てるのだが、外れた名前を言った場合は、もう一度鬼となり、上手く言い当てた時には、当てられた者が鬼となって遊びを続けていく。目をつむったままの当てずっぽうなので、上手く言い当てることはなかなか難しかった。

これと歌は殆んど同じだが、遊び方が少し異なるものもあった。その時の歌は次のようなものである。

   中の中の小佛 なんで背が低いよ

   親の日にエビを食って それでのことよ

   また あした高っこうなれよ

   歌 : 須藤 千代、大森 みつゑ、森 田鶴子、森 とみゑ

輪の中に入った鬼が、この歌を歌いながら回りの者の体を指でつっついて回るのである。そして、最後の「高っこうなれよ」の「よ」に当たった者が次の鬼になった。鬼が、「なれよ」のところを、わざと「なれーよ」と長く伸ばして、自分の狙った者に当てようとすることもあった。

坊さん坊さんどこいくの

これも、歌う歌が違ううだけで、やり方は「中の中の小佛」や「かごめかごめ」と同じである。歌は、次のような歌詞だった。

   坊さん坊さん どこいくの

   わたしは田んぼへ稲刈りに

   そんなら わたしもつれてって

   お前がくると邪魔になる

   このかんかん坊主くそ坊主 うしろの正面だあれ

   歌 : 須藤 千代、大森 みつゑ、森 田鶴子、森 とみゑ

竹の子ぬき

筍がとれるようになると、このあそびが始まった。男の子でも女の子でもよいが、4年生ぐらいまでのあそびである。屋内でも屋外でもできる。まず「ジャンケン」で鬼(ぬく子)をきめる。他の子は一列につながり、最初の子は屋内なら柱に、屋外なら木にしっかりとだきつく。

   竹の子1本くれやんか  (鬼)

   まんだ芽が出やんが   (子ども)

   竹の子2本くれやんか  (鬼)

   まんだ芽が出やんが   (子ども)

   竹の子3本くれやんか  (鬼)

   もう芽が出たぞ-    (子ども)

   歌 : 大森 みつゑ、森 田鶴子、森 とみゑ

と歌をうたい、歌い終わった瞬間に、鬼は1番後の子どもを「ヨーイショ」と力いっぱい引く。その時1人だけ離れたらその人が鬼。あるいは途中から離れたら抜けただけが鬼になるか、しまいまで抜くか、これは最初にきめておく。全部抜けたら、ジャンケンでまた最初からやりはじめる。

子をとろ子とろ

お寺の境内やちょっとした広場でした遊びである。人数が多すぎると列が長くなり危険だが、男の子ばかりだと却ってそれが面白くて長くして遊ぶこともあった。小さい子は引張られるところんだり踏まれたりするので、見物している方が多かった。ジャンケンで鬼と親をきめ、親の後に他の子どもは一列に並び、前の子の着物の腰のあたりや、紐を持つ。

   鬼   「子をとろ 子とろ」

   親   「どの子がほしい?」

   鬼   「あの子がほしい」

   子(1)  「わたし?」

   子(2)  「わたし?」

と子どもはつぎつぎに顔をさしだして鬼に聞いていく。一番後の子が、「わたし?」と聞くと鬼はすかさずその子を捕まえに走り出す。一番前の親は鬼を後にやらないよう両手を広げて邪魔をするのだ。鬼は右回り左回りと方向をかえながら走るので親も子どもの列をつないだまま、あちこち向きをかえて逃げ回るし、一番後の子は前の子の着物を持ったまま少しでも鬼より遠くへ行こうと逃げ回る。捕まえると、その子が鬼になり、今までの鬼が先頭の親になって、くり返し続へた。余り引張って紐がちぎれたり、着物がほころびたりしても、親に叱られるのを忘れて遊んだ。おばあさんが縁側で針仕事しながら遊びを見ていたときなどは、一旦休んで破れを直してもらい、また遊んだりした。

子買お子買お

やり方は、「花いちもんめ」と似ているが、歌の文句が違う。

十人くらいを2組に分け、両方の組が向いあって並ぶ。じゃんけんをして勝組の花子側は先に子をもらう方、負組のみよ子側は子をやる方となる。どっちも歌を歌う時は、みんなが横一列に手をつなぎ、相手の方へ近寄っては戻るという所作を繰り返す。

   子買お  子買お                  (花子側)

   子に何食わす                    (みよ子側)

   砂糖やまんじ                    (花子側)

   それは虫の大毒や                  (みよ子側)

   一膳すえよ                     (花子側)

   それは いやや                   (みよ子側)

   二膳すえよ                     (花子側)

   そーれも いやや                  (みよ子側)

   三膳目におさめて とっとのさいでおまんま食わす   (花子側)

   小骨がたつよ                    (みよ子側)

   みしってくわす                   (花子側)

   それがよかろ どの子がほしい            (みよ子側)

   しずちゃんがほしい                 (花子側)

   歌 : 須藤 千代、大森 みつゑ

「しずちゃんがほしい」で、しず子は花子側に入る。こうして交替して繰り返すのだが、自分の名前を早く呼んでほしくてウズウズした。

じょりとり

昔のはきものは下駄か藁で作った草履であった。この草履のことを「じょり」といったのである。

女の子は、学校から帰ると小さい弟や妹を背中におぶって子守りをしなければならず、遠くへ遊びに行ったり、活発に走りまわる遊びはできないので、こうした動きの少ない遊びをすることが多かった。遊び方は、10人くらいが集まり、下駄や草履の片方をぬいで横一列に並べる。そして、

   じょりき じょうもんじき

   いばらで足ついて かくのかんぴんたん

   橋の下のじょうは げんぱちはねて

   わが子に とらあしょ

   歌 : 須藤 千代、大森 みつゑ、森 田鶴子、森 とみゑ

と歌いながら、並べた草履を順番に数えていき、歌の最後にあたった者から草履を返してもらう。軒の下などで、一本足で立って歌いつつ、早く自分のが当たるといいのにと気になった。また、この遊びは、一番最後まで草履が残った子が鬼となって目をつむり、他の子は片方の草履を隠しに行き鬼に見つけさせるという「じょりかくし」へと発展していった。

通りゃんせ

のどかな小春日和などに、10人位の子どもたちが寄って遊んだ。女の子が多く、男の子なら学校へ入るまでの小さな子が入っていた。
ジャンケンで鬼を2人決める。

   鬼 「通りゃんせ 通りゃんせ」

   親 「ここは どこの細道じゃ」

   鬼 「天神様の細道じゃ」

   親 「どうぞ 通して下しゃんせ」

   鬼 「ご用のない者 通しゃせぬ」

   親 「この子の七つのお祝いに お札をおさめにまいります」

   鬼 「いきはよいよい 帰りはこわい。こわいながらも通りゃんせ 通りゃんせ」

   歌 : 大森 みつゑ、森 とみゑ

鬼2人が手をつないだトンネルの前で、親と鬼がこの歌を交互に歌う。

歌い終ると鬼が手をはなして少し間をあけるので、一人ずつ走って通るがそれを鬼が捕まえる。捕まると鬼2人のつないだ手の中で

   「この子はいい子 極楽へ飛んでいけ」

   歌 : 大森 みつゑ、森 とみゑ

とか

   「この子は悪い子 地獄へ飛んでいけ」

   歌 : 大森 みつゑ、森 とみゑ

と左右へゆすられ放り出される。極楽と言われるか地獄と言われるかが、子どもにとって大きな問題だった。鬼になった時など、日頃いじめられている子どもを捕まえて「地獄へ飛んでいけ」と言ったりした。
もう少し簡単に、「通りゃんせ」の歌の最後のところで鬼の2人の手の中に入った者が駄目になるだけの遊びもあった。
同じ年令の子どもだけで遊ぶのでなく、その時集まった子どもたちの状態で遊びの方法もいろいろ変わった。

たつぼどん

体を動かすというよりも歌を楽しむといった簡単な遊びで、小学2、3年までくらいの小さな子供たちが寄っては、大声で歌を歌いながら遊んだ。

ジャンケンで負けた者が鬼になる。鬼は、他の者が作った輪の中に入る。輪を作っている者たちは、両手を指が入る程度に軽く握りしめ、胸の前に出している。鬼は、その出された拳の中へ、自分の人さし指を順番に突っこみながら廻って歩く。その際、みんなで次のような歌を歌い、歌が終った時に鬼の指を突っこまれた者が新しい鬼になるというやり方だった。 

   たつぼどん  たつぼどん  彼岸まいり  しゃーらんか

   わしも  ちょっくら参りたいが  鴉という黒鳥が

   突っつき  突っつき  突っついて

   雨さえ降れば  その傷が

   ざあーくざあーくと  やめまするー  やめまする

   歌 : 大森 みつゑ

「たつぼ」とは、「たにし」のことで、冬のあまり乾ききらない泥田の中に沢山棲んでいた。最近は、農薬などの関係なのか、あまり姿が見られれなくなってしまった。ところで、当地では、この「たつぼ」をとることを忌みきらう習慣があった。これをおかすと、「たつぼ」の執念で足の裏の土が落ちなくなると言われていたからである。しかし、剥き身にしたり、串刺しのおでんにしたりして売られているのは買って食べたものだった。かって、「たつぼ」をとるのも食べるのもいけないという禁忌があった名残なのかもしれない。

雀のよりあい

外で遊べない寒い日などの、2、3人から4、5人の小さい子が集まり家の中などで遊んだ。

   寺のご門に巣をかけた

   雀か鳩か椋鳥か

   雀のよりあい

   チュウチュウバッタ  ああバッタ

   歌 : 大森 みつゑ

と歌いながら、少し穴のあくくらいに軽く拳をにぎり前にさしだす。その穴を順番に突っつき、最後の「チュウチュウバッタ ああバッタ」で手を広げ、鳥のはばたくまねをする。たわいのない遊びだが、幼児は結構喜んだ。

せっせっせ

女の子の遊びで、学校へ行く前でも、学校でも、家へ帰ってからでも、どこでも2人いればできた遊びである。

手をつないで向い合う。室内なら座り、戸外なら立って行った。「せっせっせ」でつないでいる手をはなし、お互いの掌を合わせるのと自分の手を打つのとを代わりばんこにする。その時には、次の歌を歌いいながらする。

  1. 夏も近づく八十八夜 トントン

    野にも山にも 若葉がしげる

    あれに見えるは 茶摘みじゃないか

    あかねだすきに 菅の笠

  2. 日和つづきの 今日この頃を

    心のどかに 摘みつつうたう

    摘めよ摘め摘め つまねばならぬ

    摘まにゃ 日本の茶にならぬ

はちがさいた(蜂が刺した)

2人が向い合って座り、次の言葉を言いながら順番に手の甲をちみぎっては重ね、最後の「八がさいた」で手が上になっているものが、「ぶーん」と蜂が刺すまねをして終り、くり返して遊ぶ。

   一がさいた   二がさいた

   三がさいた   四がさいた

   五がさいた   六がさいた

   七がさいた   八がさいた   ぶーん

   歌 : 須藤 千代、大森 みつゑ、森 田鶴子、森 とみゑ

日当たりのよい縁側で、おばあちゃんと孫との微笑ましい情景が、あちこちで見られた。