伝統芸能・祭り

 

神楽(獅子舞)

            中北條・中南條の獅子舞

 
動画が表示されていない方はFlash Playerをインストールしてください

 

   インターネットで見ることができる映像へのリンク

      中北條(なかきたじょう)の獅子舞

      中南條(なかみなんじょう)の獅子舞

      石北宮守の太神楽(だいかぐら) 【YouTube】
            091010 kouki         091010 ekimae Tante Mama Daikagura
            091010 kantakun      091010 hue 01      091010 神来舞
            091010_しで神社-双柄.MP4      羽津文化祭にて 平成22年11月14日
            090711 07 siguruma    090711 08 futagara

 


 

神楽には、宮中でおこなわれる御神楽と、民間で行われる里神楽があります。
里神楽は、行われている土地によって内容や伝承の仕方などが異なり、旧来、その外形や土地(地方)などを基準に色々な分類が試みられていますが、明確に分けきれないものも多くあるようです。現在一般的に使われている分類では次のように分けられています。

区    分 特  徴  な  ど
御神楽 宮中の賢所で行われる神を祭る儀式の際に奏される舞楽です。
里神楽 巫女神楽 神懸かり系 託宣のための舞で古来からの神事を色濃く残しています。
八乙女系 神懸かりの舞が洗練され美しい衣装で舞う祈祷の舞で、「巫女舞」とも呼ばれ、巫女が鈴と扇、又は榊の枝などを持って舞います。
採物神楽(出雲流の神楽) 神話を題材にして能を組み合わせた劇神楽で、出雲佐陀神社の神事がルーツと言われています。
湯立神楽(伊勢流の神楽) 伊勢神宮外宮で行われてきた、湯立(神座の近くに釜を置き湯を沸かして神に献じ、その湯を周囲の人々に振りかけることで祓い清める神事)を取り入れたものです。
獅子神楽 山伏神楽・番楽 東北地方の修験者や山伏たちによって行われたもので、神が姿を現したものとして権現を奉じ悪魔祓いや火伏せの祈祷、息災延命を祈る神楽です。
太神楽 獅子頭をご神体として村や集落を訪ねて獅子舞を行い祈願をするもので、余興として曲芸や漫才などを行います。伊勢系(伊勢神宮)と尾張系(熱田神宮)があります。

羽津地区には、巫女舞と獅子神楽が残っています。特に獅子神楽は、

の3つの獅子舞が残っており、いずれも志氐(で)神社の夏と秋の祭礼の際に奉納されています。

伊勢国は、かって獅子舞が盛んだった地域で、今でも多くの地域で継承されています。

太神楽獅子舞は、阿倉川が発祥の地とされるもので、かっては全国を巡業していました。年末に御厨飽良川神社(現在残っている桑名の太夫組の場合は増田神社)に巡業の無事を祈願して奉納神楽を行い、年内に当地を出発して、翌年元旦から舞い始めて各地を巡業し、年末に帰ってくるというのが慣例でした。

    巡業の例  四季で綴る伊勢大神楽(伊勢大神楽渋谷章社中)

昔、遠方の人々は伊勢神宮に詣でることが容易でなかったために、代参して神楽を舞わせるという意味を持つ「代神楽」を迎えました。御師の代わりに村々を回檀する神楽師は、大麻を配りながら獅子神楽を舞い、人々は家に居ながら伊勢神宮に神楽を奉納することができたので神楽師を待ちわびたのです。

この代神楽といわれたものは、やがて「大神楽(又は太神楽)」の文字を当てるようになり、宗教法人組織になってから「伊勢大神楽」と呼ばれるようになったようです。

この伊勢大神楽を舞うものには、四日市市阿倉川町と桑名市太夫町に早くから講組がそれぞれ12組ずつありました。四日市市内には大正12年の関東大震災の頃までは、まだ12組あったそうですが、次第に巡業も行われなくなるとともに組も減っていき、昭和10年ころには4組になってしまいました。その後、阿倉川組は分家が他所に分散して、今では松阪に3組のほかは滅び、桑名に統合されてしまいました。その桑名の太夫組も6組(その内の1組は阿倉川系)に統合されました。

     桑名太夫組  伊勢大神楽講社

伊勢大神楽の特徴は、右手に鈴、左手に白幣を持って舞うことと、二人立といって獅子頭と尾持(後持)が組になっていることです。

獅子舞には、布で胴体を作り二人で一匹を演じる伎楽獅子と、一人が一頭をかぶり、各自が腰鼓を打ちながら群舞する風流獅子があります。関東地方などでは風流獅子が主流ですが、伊勢国では伎楽獅子しか見られません。この他に、三人以上で舞う百足系とも俗称されるものもあります。

現在、四日市市内では、羽津地区と西阿倉川町の2か所で伝統芸能として継承されています。

太神楽の演目は、「舞(獅子舞)」と「曲(放下芸)」で構成されます。曲ではTV(寄席)で染之助・染太郎が演じているような皿回しや番傘の上での鞠や桝回しなどのお馴染みの曲芸が演じられます。それもその筈、江戸の寄席でこのような芸が演じられるようになったのは、寄席が急速に増えた時に芸人が不足して放下芸師が取り込まれたからだそうです。曲の進行に当たっては、チャリ師と呼ばれる道化師が放下師と漫才のように掛け合いをしながら盛り上げていきます。

全国を巡業する職業集団である大神楽に対して、村の衆によって神社への奉納を主たる目的として舞われる獅子神楽もあります。北勢地方には、山本流(椿大神社)、箕田流(久久志弥神社)、稲生流(伊奈富神社)という3つの大きな流派がありますが、稲生流が中心的存在で、他はその舞いを習ったといわれています。

羽津地区の神楽獅子舞は、いずれも鈴鹿市の箕田流の流れを汲むものです。

雄獅子と雌獅子の違いは歯型と眉の形だそうです。雄を宇津、雌を権九朗と呼びます。

     中北條の獅子舞

     中南條の獅子舞