羽津の昔「年中行事」

 

モン日

当村では、休日のことを「モンビ」と言っていた。これは同じ休日でも、臨時に取り決め、村中が一斉に休む日のことを指した言葉であり、国のレベルで決まってている祭日は、「旗日」といい、「モンビ」とは言わなかった。

例えば、長期の早魃に苦しめられていたところへ待望の慈雨が降ってきた時には、「雨の祝い」をしようと言い、村あるいは区の単位で休日にしたもので、これを「モンビ」と称していたのである。(「モンビ」は、おそらく「モノビ」の転訛で、即ち物忌みをする日のことであったと思われる。元来は、その日に仕事を休み、神祀りのための忌籠りをする。それが「モンビ」であった筈である。)

こうした臨時の休日を決める場合、区ならば「組頭会」、村ならば六人の区長に村長を加えた「区長会」、あるいはその上の「村会」で決議し、そのあと「歩きさん(連絡員)」が「ふれ」に回った。

「モンビ」には、みんな一斉に仕事を休んだもので、この日に仕事をすると「盗み仕事」と言い、笑われた。休みは1日のこともあり、午後からのこともあった。午後からの休みには「半どん」と言った。

昔は、このような「モンビ」や祭りなどの年中行事が色々とあって、その日に仕事を休むことによって神々を祀るとともに明日への鋭気を養ったのである。